セピア色の青春時代はあったのか

いとこのオジサンと話をした。オジサンはもうすぐ70歳になると聞き驚いた。こないだまで団塊の世代と思っていたからだ。

オジサンはセピア色に染まった青春時代を懐かしんでいた。喧嘩は強くないがヤンチャだった頃には濃厚な先輩後輩の関係があった。世話になった先輩のことはその後も慕っていて、好かない先輩には挨拶しないという案外大胆なところも意外で面白かった。「人間ちゅうのはサ…」と実体験からくる人間臭い話が多かった。方言のせいなのか、かつてヤンチャだった男とは思えぬほど、語り口調は穏やかにヒーリングソングのように聴こえた。人に声をかけるタイミングというのか、全くカドがなく職人芸のようだ。

それに引き換え自分の10代はどうだっただろう?

最近フラッシュバックしてくるのは嫌な同級生の顔ばかりだ。どうしてあんなに性格がキツイのか? 人間形成に慎重になっていた人間は極わずかで人を無下に扱い嘲笑する文化があった。温かみのある青春時代に今でも憧れるし、当時もアナログな青春というのに惹かれるところがあった。父親もそうだが鹿児島の進学校というところには、そんな甘えた気分は許されないような空気があった。

そういう人間の中には「個性」を主張していた者が少なからずいた。他人のことより自分のこと、なのが私らの世代だったように思う。薩摩のバンカラさは、平成初期に異様な姿に形を変え、ただウザい性格の、同級生の人格を威圧するだけの、何もない、バケモノへとなった。インテリヤクザなんじゃないかって。受けた傷は消えないから同窓会には会いたくない奴のほうが多いかも。

この歳になると、他の人よりははるかに少ないけどそれなりに色んな人間を見てきた。人間嫌いになるくらいは見てきたんじゃないだろうか。中島義道の著作にそれに似た話がある。この人ほど潔癖さはないつもりだが。

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セピア色の青春時代はあったのか への1件のフィードバック

  1. オオパチ のコメント:

    いいいとこのおじさんだぎゃ!

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