20歳の頃なにかを書くひとに惹かれていました。言葉には二つの「話ことば」と「書きことば」がある。ここで「話ことば」というのは、しゃべる人のことだ。ただ頭に書くことのほうがあった。学術的な話は嫌いではなかったので教師はどうかと。でもこの年齢になって自分は教師に向かないと思うようになってきた。それはしゃべることを考えて生きていかないといけないこと。しゃべることは記録に残らないもの。自分は末っ子だったので年下の子とそんなに関わってこなかったこと、他人に興味が湧くのかということ。そりゃ人並みにはありますが、自分の目指していることを棚に上げてまで、選ぶことなのだろうか?と。そして教員はすごいサービス業だと思うんです。もう費用対効果のない世界。ここも自分の合理的な性格とは合わないだろうし。
でもしゃべる職業の人って多いですよね。今まで見てきたのは、バスガイド、バーテンダー、歌手、アナウンサー、かな。しゃべる人は得だと思います。キチンとして見えるしキレイに見える。これは皮肉を込めてます。
それに比べて書く職業って…身近に居ればいいけど…実はウチの父が物を書くんですが…そんなに出会わないというか。
「どんなお仕事ですか?」と聞かれて「書く仕事です」というと、「何を書くんですか?」となる。
書くこと自体が尊重されてイイのに。フランス語にはエクリチュールと言われる書き言葉の世界が尊重される。
TVの影響はかなりある。芸人のしゃべりだ。あんなの普段使ったらバカに思われるよ。

教師に向きそうなひとは長子だろうと経験上感じます。

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