面接担当者は「一緒に仕事したい人間」かどうかみるって言うんですが、エゴが強いんじゃないかって思ってしまいます。その企業に合いそうな人かどうかなら一目で分かると思います。社会人としてのラインをクリアしているなども昨今では基準になりえます。でも「一緒に仕事したい人間」って、その集団がすでに出来上がっていて、そこで馴染むかっていうのは、その集団にいるひとしか分からないことで、こちらとしてはなんの情報もありません。
今までいくつかの面接で感じたのは、面接担当者の「仲間が欲しい」っていう顔でした。でもすでに企業内に仲間はいるから新しく入る仲間には厳しく評価してきます。やはりなにかの集団に入るという感覚です。村社会を感じてしまうのです。
フェミニズムというのは、日本にとって歴史的に勝ち取った人権ではなく外から輸入して政府が広めた概念らしい。企業のコンプライアンスというのも同じなのかもしれないね。つまり組織内で自然発生的に生まれた概念じゃなくそうしましょう的な。なので企業にコンプライアンスがどこまで浸透できてるかって問題は、監査機関があるところはまだしも、齟齬が生まれたりするんでしょう。
コミュニケーション能力とか言わずに、企業はこういう文化的な問題にデリケートな体質でいて欲しいし、そういう文化的な問題を考えられる人を組織に入れる努力をして欲しいが、実際は形式的な筆記試験をして後は面接で「合うかどうか」だけをみる。そうなると組織は新人にとって居心地が悪く離職率は高くなる。新入社員の離職率の高さを現代病と切り捨てすぎていないだろうか。
40代後半の前の上司とかもうダメでしたよ。こっちはてめぇと仕事したくないよエロおやじ!